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海外生活

東南アジアのフィリピンで暮らすようになってから早や3年目
当初は喧噪の都会で暮らしていたが、今はのんびり田舎暮らし
そんなオイラの海外での暮らし振りを綴っていきます

日本の隣国であるにもかかわらず、意外と知られていないフィリピン。
石垣諸島の波照間島からマブディス島まで約400㎞。
輸入も輸出も日本が第一位。
日本のバナナの95%を占めるフィリピン産。
「スウィーティオ」、「プレシャス」、「バナナの王様(甘熟王)」なんかも全部フィリピン産。
パイナップル・ペリカンマンゴーに至ってはその99%がフィリピン産。
でもなぜか悪いイメージを抱く日本人が多い国、フィリピン。
フィリピンで暮らし、お世話になる身として少しでもイメージを変えたいなぁ、と思ってます。

フィリピンという国

フィリピンは正式にはフィリピン共和国(Republic of the Philippines)と言い、
81の州と61の公認都市で成り立つ。
日本の6,852を上回る7,101の島々からなる多島海国で、太平洋に面している。
以下に統計データ各項目を日本との比較で表にまとめました

----       フィリピン               日本
面積    299,404k㎡(世界 72位)         377,955k㎡ (世界 62位)
人口     9580万人(世界 12位)      1億2761万人(世界 10位)
名目GDP   2504億USドル(世界 41位)5兆,9639億USドル(世界   3位)
実質経済成長率             6.59%(世界 30位)               2.00%(世界119位)
インフレ率             3.13%(世界118位)             -0.04%(世界185位)
失業率             7.03%(世界 56位)               4.35%(世界 88位)
貿易経常収支  71億8千USドル(世界 48位)  589億6千USドル(世界   9位)
原油輸入額136億7千USドル(世界 34位)1969億4千USドル(世界   3位)
ビッグマック価格               265円(世界 48位)                320円(世界 39位)
世界遺産登録数                5ヶ所(世界 55位)               17ヶ所 (世界 13位)
                                                                                                        <出典:世界経済のネタ帳
名目GDPでは、フィンランドやギリシャより上位に位置する国で、成長率は6~7%と近年経済が伸びている。
失業率7%?…かなり眉唾^^;

フィリピンの歴史

紀元前500年頃からマレー系民族が移住し始め、13世紀頃まで続く。
14世紀には、イスラム教が伝えられ、明や周辺諸国との貿易が栄えた。
15世紀後半にスペインが侵攻し、16世紀にスペイン領に。
19世紀末に、建国の英雄ホセ=リサールの活躍で独立運動が本格的になる。
その後アメリカによる支援で1898年6月12日、初代大統領エミリオ=アギナルドの下、独立宣言がなされ、第一次フィリピン共和国が成立した。
しかしアメリカの支援は、スペインからフィリピンを奪って自国の植民地にすることが目的だった為
1899年2月から1902年7月にかけての米比戦争で敗北し、第一次フィリピン共和国は崩壊、アメリカの植民地と化した。
その後マニュエル=ケソンの尽力で、1916年にフィリピン自治領、1934年にフィリピン連邦になるも、アメリカによる実質支配は続いた。
1941年12月にマニラに日本軍が上陸。アメリカ軍を放逐し1942年に全土を掌握した。
日本の軍政下で1943年10月ホセ=ラウレルを大統領として、第二次フィリピン共和国が成立。
1945年の終戦で、再びアメリカ統治下に入るが、1946年7月4日に第三次フィリピン共和国として再独立、マニュエル=ロハスが大統領となる。
1965年反共産主義を唱えるフェルディナンド・マルコス大統領がマルコス独裁国家体制を築いた。
この後マルコス政権は20年続き、政権はイメルダ夫人などの取り巻きにより私物化され、汚職が蔓延し腐敗していった。この傾向は今でも拭い去れていない。
1986年に起きた「エドゥサ革命」で、民衆の不満が高まったためにマルコス政権は崩壊し、現在のフィリピン第四共和国体制が成立、今に至る。

オイラの感覚的な話になりますが、
ファミリーネームはスペイン系、文化はアメリカの影響が大きく、マルコス政権の悪弊から抜け切れず、国家レベルが日本から遅れること凡そ40年。昭和40年代後半の日本にインターネットと携帯電話、モータリゼーションを持ち込んだ感じの国です。

フィリピンの経常収支は、1000万人以上の海外出稼ぎ労働者の送金によって支えられており、出稼ぎこそフィリピン最大の産業と言っても過言ではない。
約50年のアメリカ統治で英語文化が根付き、英語が話せ人件費も安い事から、コールセンターやBPOの下請けなどで近年脚光を浴びている。コールセンターのシェアでは、2010年にはインドを抜いて世界1位となっている。また、日本から一番近い英語圏の国として、英語留学でも脚光を浴び始めている。

日本との歴史上の関係

1592年、豊臣秀吉によって朱印船貿易がおこなわれるようになり、フィリピンとの貿易が盛んになる。このころの貿易は呂宋助左衛門に代表され、ルソン壺や蝋燭などの珍品が多数献上された。
貿易に従事する日本人が各地で日本人町を形成し、フィリピンにもマニラなどに日本人町が作られ、最盛期には3,000人程の日本人が移住していた。
1614年にはバテレン追放令を受けてマニラに到着したキリシタン大名の高山右近を、スペイン人フィリピン総督フアン=デ=シルバが歓迎している。
しかし、3代将軍徳川家光による1633年以降の鎖国令によって、日本人町は衰退しやがて消滅することとなった。
1604年、フィリピンから明に伝わったサツマイモ(甘藷)が琉球王国に伝わり、1698年3月、琉球王国から種子島に伝わる。
1868年、日西修好通商航海条約が結ばれ、フィリピンとの貿易が再開。
1888年、マニラに日本領事館を開設。同年、建国の英雄ホセ・リサールが来日。
以降は上記に参照。

一番有名であろう日本人は、なんと言っても山下奉文大将。山下財宝の都市伝説で超有名。これを凌ぐ日本人は居ないんじゃないかな。
その他のところでは、何故かビデオケ(レンタルカラオケ機)に唯一の日本語曲として「For you...」が収録されていた高橋真梨子さん、カバー曲が出まくっている徳永英明さん、最近では宇多田ヒカルさんや安室奈美恵さんなんかの認知度が上がってる。(とは言え宇多田さんは「First Love」がビデオケに収録。意味も分からないまま若い女の子が上手に歌っていますが顔は知らない^^;。安室さんは「COKE ZERO」のイメージキャラクターとしてローカルCMに出たり、ビルボードなんかにも掲示されてたけど、名前も知られずフィリピン人だと思われている^^;)


今回はフィリピンの歴史的なところを綴ってみました。
まず、どういう国か分かってもらえたら幸いです。
今後も連載していきたいと思っています。




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