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修行の足りない僕

最近修行が足りないなぁと感じることが多い。

その昔、非常に怒りっぽかった僕は
何故言い争ったり、喧嘩をしたりするのかを
じっくりと反省の意味も込めて考えた。

考えた末に得た結論は
自分の正当性を主張するが故に
相手に対して怒るという行為に走るという事だ。

自分が正しいと思っているから
他人の意見に反論するし
反発するし
色々な諍いが起こるのだ。

そこで考えた、
「自分は正しくないのではないかと常に問う」
という姿勢を貫けば
人とぶつかることは無くなるのではないかと。

そして実践してみた。
確かに人とぶつかることは激減し、
人に対して腹が立つことも少なくなった。

ところが
そうすることで
他人の「正しくなさ」がより見えるようになり、
こちらが反論もしない事で
正しくない考えを押し付けられる事態に進展した。

常に人が謙虚であり
他人の意見に耳を傾けることを一(いち)とするならば
自分の正しさを主張しなくとも
人間関係はスムースに行くのだろう。

しかし
世の中そういった人間ばかりでなく
無教養で無遠慮な人間がいるのだ。
むしろそういう人間の方が多いのかもしれない。

そういう人間を
むしろ冷めた目で見て
憐憫の情をもって接していたのだが
そろそろ限界が近づいてきている。

納得いかないことが増え続け
心の許容範囲を超え
溢れだしそうだ。

修行が足りないのだと思うが
正しくないことを飲み続けることは出来ないのだ。

人は完璧ではないのだから
正しいこと、正しくないことを繰り返す。
しかし
正しくないことばかりを繰り返す馬鹿には
もうウンザリだ。

所詮馬鹿は馬鹿。
馬鹿に限って自分が正しいと思い込んでいる。
しかも無遠慮に。
そして反省もしないから
同じ間違いを日々繰り返している。
馬鹿だから間違っていることにすら気付かない。
間違いなく明日も馬鹿だし
来年も馬鹿だろう。

だから
何も言わず
指摘もせず
身を引けばいい。

相手の間違いを指摘し
是正することに意味はない。

自分の道を行こう。
自分の正しいと思える道に。



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